家族
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子どもの自立は、一直線ではない

ぷらん
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あれだけ強い決意で上京した次女が、昨年、実家に戻ってきました。

食品関係の学科を卒業し、コロナ禍という厳しい就職状況の中で、やっとつかんだ内定。
唯一の“食品関係”だったデリバリー専門の会社でした。

配属先はバイクでの配達が中心の店舗。
体力勝負で、体育会系の空気が色濃い職場。

もともと大人しい性格の次女を思うと、正直、心配はしていました。

そして今、彼女は職業訓練校に通っています。
「リハビリ中」と本人は言います。

社会に出てみて、自分に合う場所と合わない場所があることを知った。
それは、決して失敗ではなく、経験なのだと私は思います。


そして昨年末、長女も帰ってきました。

アパレル職から営業職へ。
新しい挑戦でした。

けれどその会社は、いわゆる“昭和の空気”が色濃く残る職場だったようです。

コロナ禍でも飲み会は盛ん。
参加は当然。
宴会で盛り上げられる人が評価される。

福利厚生は整っていた。
条件も決して悪くなかった。

それでも「耐えられなかった」。

お気に入りの家具や家電を一つひとつ手放しながら、
長女は静かに帰る準備をしていたようです。


子どもが巣立つとき、
親は「これで一人前になった」と思いがちです。

でも実際の自立は、もっと揺れ動くものなのかもしれません。

一度外へ出て、
ぶつかり、傷つき、迷い、
そして戻る。

それは後退ではなく、
次に進むための助走なのではないでしょうか。


今、子ども部屋の人口密度はMAXです。

一人っ子状態を満喫していた三女は不満顔。

「ここは私の場所です。お姉ちゃんは静かにしてください。」

その言葉もまた、自立の芽。

自分の居場所を守ろうとする気持ち。
それも成長の証なのだと思います。


親としては複雑です。

「戻ってきた」と聞けば、どこかホッとする。
けれど同時に、「大丈夫だろうか」と心配にもなる。

でもきっと、子どもの自立は
“家を出ること”そのものではなく、
“自分で選び直せるようになること”。

挑戦することも、
やめることも、
立ち止まることも、
自分で決める。

それが本当の自立なのかもしれません。

わが家は今、再び満室。

にぎやかで、少し窮屈で、
それでもどこか温かい。

巣立ちも帰還も、
どちらも成長の途中。

子どもたちは今、
自分の人生を、自分の足で歩く練習をしているのだと思います。

そして私は、
その姿を少し離れたところから見守る練習をしているのかもしれません。

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ABOUT ME
ぷらん
ぷらん
50代の派遣社員(CADオペ)。数年前、夫がいつの間にか新築アパート買ってから気がつけば法人化、夫の爆走に振り回される日々。 理想はゆったりしたい派、現実は「日常の多忙な作業員」。そんな私のリアルなぼやきを綴ります。
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